めくるめきたい。 

常日頃から「めくるめきたい」と思っているが、そのタイミングがつかめず、いまだめくるめくことができないでいる。人はいついかなるときに、いかようにしてめくるめくのか。ご存じの方がいらっしゃったら、めくるめき方をご教示いただきたいものだ。
しかし、ただ「めくるめきたい、めくるめきたい」と言っているだけでは、いつまでたってもめくるめくことはできないだろうし、第一、人として進歩がない。進歩がない人間ではめくるめけないのは道理だ。だからこそ、めくるめくための第一歩を踏み出すために、まずはめくるところから始めてみたい。めくれば、そのあとにおのずとめくるめく行為が伴ってくるはずだ。
こうやって考えてみると、めくるめくが意外と近いところにあることに気づく。ただ、本当にめくるのあとにめくるめくが待機しているかどうかが問題だ。いざ、めくってみたら、そのあとにともなってきたのが、メルクマールだったとしたら、目も当てられない。メルクマールとめくるめくの距離感は気が遠くなるほどに果てしなく遠いからだ。
だが、そんなことを考えていても仕方がない。まずはめくることに勇気を持ってチャレンジだ。そこからめくるめく旅が始まるはずだからである。

大目玉を食らう(その2) 

前回、「大目玉を食らう」と題して、大目玉を食すときの心構えを説いた。食べるときの心構えなどは、通常は持たないものだが、大目玉だけは違う。それなりの気持ちでもって大目玉に対峙しなければならないのである。
しかし、大目玉を食らう場合の問題点はそれだけではない。それほどの大目玉である。その背後には、その大目玉の持ち主である巨人が存在することが暗示されているのだ。いや、巨人ではない。大巨人だ。そんな大男の目玉をくりぬくために払われる努力たるや、多くの人や知恵や力が払われてきたことだろう。その成果が、目の前のお皿に載っている大目玉料理に結実しているのだ。それを考えただけでも、厳粛な心持ちで対さなければならないことがわかるだろう。

流行語を追いかけて―ご当地キャラ 

ご当地キャラの代表といえば、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いで快進撃を続ける船橋市未公認のゆるキャラ、ふなっしーであろう。船橋市未公認という不安定な立ち位置と、その鬱憤を晴らすかのような過激な動きがふなっしーのレーゾンデートルといっても過言ではない。調べてみると、船橋市の公認マスコットには「アサリくん」「博士くん」「汗一平くん」「風さやかちゃん」「目利き番頭 船えもん」などがいるようだが、いまや全国区となったふなっしーを超えるキャラは存在せず、その姿すらどのようなものか知る人は少ないだろう。
しかし、ふなっしーは個人で活動しているため、そこにはどうしても限界がある。おそらく中の人の本業もあるだろうけれども、現在のふなっしーのギャランティーのほうが高いのではないか。今後のふなっしーの飛躍は、中の人がふなっしーの活動に本腰を入れるのか、そう長続きはしないとの計算からフェードアウトしていくのか、その考え方にかかってくると思われる。

走馬灯 

人は死ぬときには走馬灯のように頭の中をくるくると思い出が回るという。それならばそれで、走馬灯用の思い出を準備しておかねばならない。そのときになって慌てふためいて、「思い出」として語るには似つかわしくない記憶を引っぱり出しかねないからである。
それはたとえば、夏のある日、歩いていたら向こうからクラスメイトの佐伯くんがやってきて、すれ違いざまに「めばちこ」とつぶやいた話とか(どうして「めばちこ」と言ったのか、佐伯くんにいつか聞こうと思っていながらそのままになっていることによって、ずっと頭の中にに残っているのである)、たとえば、ボーリング場の手をかざす風が出ているところは、「ボール置き場の出っ張りの中に人が入っていて、なかからウチワで扇いでいるんだよ」とまじめな顔でひそひそ声で教えてくれた村松くんの真剣な眼差しとか、それを思い出してどうするというようなことだ。
これらの記憶を排除すれば、走馬灯に似つかわしい思い出が残るかといえば、けっしてそうとはいえないし、種々雑多な記憶のより分けも困難だ。だからこそ、の準備ではあるのだが、その途方もない道のりを考えると茫然とならざるを得ない。
ひとつだけ、疑問がある。「死ぬときには走馬灯のように頭の中をくるくると思い出が回る」ということを言い出したのは誰か、ということだ。その人は、1回死んで生き返ったという人でないかぎりは、そのことを経験したものではないことになる。もし経験したことのない妄言であれば、それはそれで「途方もない記憶の整理」をしなくて済むのでありがたいことなのだが。

ブタのおだて方 

「ブタもおだてりゃ木に登る」というが、はたして、どのようにおだてれば、ブタは木に登るのであろうか。


「その鼻の向き、イカスね」

「毛並みがまるでビロードのようだよ」

「家がオオカミに飛ばされて残念だったね。でもあの家はよくできていたと思うよ」

「ほら、きみに真珠をあげるよ」

「ボディーライン、たまらいないね。食べちゃいたい」

「ジャンケンでパーに負けたことないっていうのはすごいよ」

「きみのトリュフを探しだす能力は敬服に値するなぁ」

「ブーブー言ってても、何も悩みがなさそうで、ほんとうらやましいよ」

「これだけキャラクターグッズが出てればウハウハだろ。今度おごれよ」

「き、きみがあの一世を風靡したブーフーウーかい?」


これだけ言えば登ってくれるだろうか。
ブタが木に登る姿を見てみたいのである。

流行語を追いかけて―ヘイトスピーチ 

ヘイトスピード
スピードの出しすぎによる交通事故などは当然、憎むべき対象であろう。

ヘイトスポーツ
小学校のとき、運動会を忌み嫌っていた人は意外に多いものである。

ヘイトスペード
ハートかダイヤを待っているときにくるのは、必ずスペードである。

ヘイトストーブ
寒いから暖まろうと思ったら、火がつかねーでやんの、このストーブ!

ヘイトスクープ
スクープされたほうは、抜かれた悔しさより自分の愚かさを呪うべきだろう。

ヘイトスムーズ
できるだけ牛歩戦術でのろのろ進みたいときに、なぜかスムーズ。

ヘイトスチール
固い。当たったら痛い。

ヘイトスターズ
今度、東芝EMIからデビューする、"ヘイトスターズ"でっす。

ヘイトスパーク
あいつ、急にスパークしやがるからなぁ。嫌いやわぁ。

ヘイトスイート
本日ごよういできるお部屋は高級な憎悪が体験できるヘイトスイートでございます。

ヘイトスカーフ
あのとき、スカーフさえ巻かなければ。ああ、巻かなければ。

ヘイトスニーカー
あのとき、スニーカーさえ履かなければ。革靴を履いていれば。

ヘイトスケート
あのとき、スケートさえしなければ。転びさえしなければ。

ヘイトスキー部
先輩、もうダメっす。滑れないっす。リフト乗りたくないっす。

ヘイト相撲部
先輩、もうダメっす。取り組めないっす。蹲踞できないっす。塩まけないっす。

マカ不思議 

あまりに不思議なことを「マカ不思議」という。この接頭語「マカ」は「摩訶」の字が当てられるが、実際の意味は不明であり、ほかの言葉の転訛ではないかとも考えられている。


たとえば「メカ不思議」である。
機械音痴にとって、ボタンを押せば人間以上のことをやったりする機械の仕組みが不思議でならない。

たとえば「ミカ不思議」である。
叶姉妹の恭子姉さんに献身的に召し仕える美香さんの存在を不思議に思わない人はいない。

たとえば「モカ不思議」である。
ブルーマウンテンもいいけど、モカもうまい。それだったらブレンドしちまえ。コーヒー好きの嗜好は、ときに不思議である。

たとえば「ミケ不思議」である。
犬はポチ、猫はミケ。ポチにとって、ミケは永遠の謎だ。

たとえば「ムコ不思議」である。
結婚式という神聖なる儀式を経た瞬間からムコとヨメとなる2人。ヨメはまだいいが、ムコの手持ちぶさた感はいかんともしがたい。

たとえば「メク不思議」である。
たとえば「春めく」、たとえば「胸がざわめく」、たとえば「身体がなまめく」。そんなにめいてどうする、と問い質したい気持ちである。


いろいろな不思議があるものである。世の中はほんとうにマカ不思議だ。