バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所 

2012年という比較的最近の作品でありながら、時代設定の意識からなのか、技術的な未熟からなのかはわからないが、妙に古い映画のようである。もちろん、その狙いが成功していれば、これらの疑問は霧散しようけれども、その余計な部分が気になるのは本編に気持ちが入り込んでいないからである。
もっとも「おもしろい」か、「おもしろくないか」という感想は人それぞれであろうし、その「おどろな雰囲気」のみを怖がれば(つまりは楽しめれば)、それだけで映画の役目は十分に果たしているといえるのであろう。

■BERBERIAN SOUND STUDIO  2012年 イギリス映画
監督・脚本:ピーター・ストリックランド
出演:トビー・ジョーンズ、 コジモ・ファスコ、 アントニオ・マンチーノ、ファトゥマ・モハメド、サルバトーレ・リ・カウジ、キアラ・ダンナ、トニア・ソティロプールー


berberian_kaiki_eiga_tokusarsu_onkyokouka_seisakujo_2012

続きを読む

2010年 

SF映画にモノリスとともに金字塔を打ち立てたといってもいい『2001年宇宙の旅』。その続編である。たいていの続きものは、少ない例外を除きほとんどが失敗をしている惨状を知っていれば、本作が「2001年」を超えることができなかったのは当然のことだとわかるだろう。つまりは2010年にはとうてい行き着かず、せいぜい1990年くらいが限度ではないか。それでも1984年の製作ということを考えれば、6年ほどは未来に飛んでいるのでSFとしては成り立っているといえるだろう。
よくわからないことを書き連ねているのはいつものことではあるが、この映画を見たのがはるか昔で、その内容をほとんど覚えていないことに起因する。本作よりも以前に見ている『2001年』はかなり鮮明に記憶に残っていることを考えれば、つまりはその程度の作品であったということであろう。

■2010 1984年 アメリカ映画
監督・製作・脚本:ピーター・ハイアムズ
原作:アーサー・C. クラーク
出演:ロイ・シャイダー、ジョン・リスゴー、ヘレン・ミレン、ボブ・バラバン、ケア・デュリア、ダナ・エルカー、マドリン・スミス、ジェームズ・マクイーチン、メアリー・ジョー・デシャネル、エリヤ・バスキン、サベリ・クラマロフ、オレグ・ラドニック、ナターシャ・シュネイデル、タリセン・ジャフィー、ウラジミール・スコマロフスキー、ビクトル・シュタインバッハ、ジャン・トリスカ、ラリー・キャロル、ハータ・ウェア、アーサー・C. クラーク
声の出演:ダグラス・レイン、オルガ・マルスネード


2010_The_Year_We_Make_Contact_1984

続きを読む

とうとう2016年。 

とうとう2016年がやってきた。
20世紀からずっとため込んできたものを、この2016年にすべて放出するつもりで待ち望んでいたのである。
あれも出すし、これも出すだろう。ちょっと古いものもあるが、勘弁していただきたい。なぜなら、かなり古くからため込んでいるからである。
だが、出さないものもある。2016年に出るかと思って待っている方もいるかと思うが、出ない場合は勘弁していただきたい。なぜなら、おそらくそれは2017年に出そうと思ってため込んでいるものだからである。
まずは2016年のためにため込んだものを1年を通してご覧いただきたい。

では、今年もよろしくお願いいたします。

わが家の妖怪 

妖怪というのはどこにでもいるもので、ふと気づけば、その姿は見えないが、わが家にも存在しているようだ。

たとえば、確実に消したはずなのに、つけっぱなしになっている蛍光灯。これは「蛍光灯つけっぱなし妖怪」のしわざである。

冬場には消したはずの炬燵のスイッチを入れる妖怪がいる。「炬燵つけっぱなし妖怪」がやっているに違いない。

居眠りをする前に消しているにもかかわらず、目が覚めるとついているテレビは、私が寝たところをみはからって「テレビつけっぱなし妖怪」がつけているのだ。

これらの妖怪は、大きく分けると「つけっぱなし系の妖怪」にカテゴライズされる。

ふと気づくと、ポタンポタンと水滴が垂れている水道。「水道ちゃんとしめない妖怪」である。

夜、寝るときはちゃんとかけている掛け布団、夜中に気づくとはだけていることがあるが、これは「布団はがし妖怪」の手によってはがされたに決まっている。

テーブルの上に捨てたはずのスナック菓子のあき袋が散乱している。「スナック菓子あき袋散乱妖怪」である。

朝、急いでいるときに限って、靴下の片方が見つからないのは、「朝、急いでいるときに靴下の片方を隠す妖怪」のいじわるだ。同種に「スリッパを片方隠す妖怪」もいることは覚えておこう。

つねに出るときには閉めているトイレの便器の蓋が、次に入るときには上がっているのは、「便器の蓋上げ妖怪」がそのつど、蓋を上げているのだ。

必要なときには必ず見当たらない消しゴム。探しているときには、どこかで「消しゴム隠し妖怪」がニタ~リと笑っているはずだ。

こうやって書いてくるとわかるのは、そのことごとくにおける妖怪の名前のセンスのなさだ。
おそらくこれは、「妖怪の名前を付けるときにセンスがなくなる妖怪」のせいである。

メンクイ 

行列ができる評判のラーメン屋。あまりのうまさにめんくらった。

彼女に「ラーメンとうどんと蕎麦、何が好きか」とたずねると「全部」と答える。彼女こそ真のメンクイだ。じゃなきゃ単なる食いしん坊。

めんくらう側ではなく、めんくう側に回りたい。それが正しいメンクイの態度であろう。

メンを喰ったり喰われたりの仲。

わたくし、育ちがいいものですから「めんくらう」などとは申しませんの。「めんたべる」と申しますのよ。おほほほほ。

とりあえずメンをクイクイッとしてみる。

めんくわないなんて信じられない。人生、めんくってナンボだろ?

おいおい、いくらメンクイだからといって、おれの顔にかじりつくなよ。痛いじゃないか。

めん喰らわば皿まで。

「めんくらう」とは「面がクラッシュする」という今風の略語であることはあまり知られていない。

メンクイとメイクイーンはまったく無関係です。

メンクイってあれだろ。要するにアリクイみたいなもんだろ。

「めんくい菩薩」に祈りを捧げる。

めんくって、めんくって、めんくう。そんな生涯を過ごした偉人の伝説。

メンクイってメス?オンクイもいるの?

感謝感激雨あられ 

感謝や感激という喜ばしいものでも、それがいざ雨やあられのように空から降ってきたら、当たりどころによっては大けがをする可能性もあるので、気をつけたほうがいいだろう。しかし、ひとくちに「気をつけろ」といっても、予告もなくゲリラ豪雨のように降ってきたら、よけるによけられない。できればテレビなどの天気予報で「降感謝感激確率」というものを知らせてほしいものである。
ただ、いくら感謝や感激が降ってくることがわかっていたとしても、それをよける手段がはっきりしない。感謝や感激に降られたことがないので、はたして一般的な雨用の傘が役に立つかどうかも定かでではないのだ。その勢いによって、傘を突き破ってくる可能性も十分に考えられるのである。
そのあたりも熟慮したうえでの、先の「気をつけろ」という言葉であることをおわかりいただきたい。

流行語を追いかけて―お・も・て・な・し 

あのような大舞台でかくも堂々と行われた「お・も・て・な・し」に、秘密の情報が隠されていたことは、関係者以外は誰も気づかなかったという。だからこそ、オリンピックが東京に招致できたのであるが、これがもし、ライバル国にばれていたら、とてもこんなふうにお祭り気分ではいられなかっただろう。
ポイントは、「おもてなし」を「お・も・て・な・し」と一語ずつ区切って発音されたところにある。そこから連想されるのは、日本に古来伝わる「あいうえお作文」だ。

「お」おまえたちの世界で

「も」もがき苦しむ畜生たちが

「て」てめえのはらわたを引きずり出し

「な」泣きながら這いずりまわれば

「し」しおしおのパ~

このような恐るべき意味が隠されていたことは、関係者の中でも一部のものしか知らないトップシークレット事項であり、これが外部に漏れると、世界の均衡が崩れかねないのだ。
これを読んだ方も、くれぐれも誰かに話さないようにしていただきたい。