鰻の謎 

子どものころ、不思議だったものがある。
それは「どようのうしの日」だ。
なぜ、土曜日でもないのに、「どよう」なのだ。
なぜ、牛の日なのに、鰻を食べるのだ。
子どもなりに解明した事実。
まず「どよう」は、土曜日ではないのに土曜日と思い込むことで、翌日に休みを控えたうきうき気分を味わえるのではないか、ということだ。
そして、「牛の日なのに鰻を食べる」という点については、鰻を牛肉と思い込んで食べれば、なんだかおいしく感じると昔の人は考えたのではないだろうか、ということだ。
当たらずといえども遠からず、と言えそうである。

ギャラクシー・クエスト 

20年以上前に放映されていた『ギャラクシー・クエスト』を覚えている人も多いだろう。
当時、その視聴率は他の番組の追随を許さず、放送時間になると通りに人影がなくなったとも言われる人気番組だ。
その登場人物が再び結集した映画版である。
彼らは往年と変わらぬ生き生きとしたアクションを披露してくれる。
つまらないわけがないであろう。
なお、『スター・トレック』なる番組は、この作品のパロディとされる。

■GALAXY QUEST 1999年 アメリカ映画
監督:ディーン・パリソット
出演:ティム・アレン、シガーニー・ウィーバー、アラン・リックマン、トニー・シャルーブ、サム・ロックウェル、ダリル・ミッチェル、エンリコ・コラントーニ、ロビン・サックス、パトリック・ブリーン、ミッシー・パイル、ジェド・リース、ジャスティン・ロング、コービン・ブルー


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降りる人が先 

最近、電車に乗るときに、乗り降りに関係なく、われ先に乗り込もうとする人が目立つ。
「電車に乗るときには、降りる人が先」というのは、現代では常識ではなくなってしまったのであろうか。
いやいや、そんなことはあるまい。
これは明らかにモラルの低下であろう。
なぜ、「電車に乗るときには、降りる人が先」ということがわからないのであろうか。
ちょっと考えればわかることである。
たとえば、まだ試合をしていて、リングから選手が降りていないのに、次の試合の選手がリングに上がってしまったら、ひとつのリングで2つの試合を同時に行わなければならなくなり、はなはだ具合が悪いことは自明である。選手が自分の相手を間違えることもあるだろうし、レフェリーも目配りに困るであろう。また、観客も応援の的を絞ることができず、どちらともつかない中途半端な応援になってしまう可能性もある。
また、山から降りる人を待たずして、どんどん登山していったら、頂上が人でいっぱいになってしまうであろう。それで得をするのは、頂上の売店だけだ。
政界でも、表舞台から降りる、つまり引退を待たずして、次から次へと登壇していったら、世の中の人はほとんどすべて政治家になってしまう。そうなるともう、誰のための政治かわからなくなり、始末に悪いことこの上ない。
「電車に乗るときには、降りる人が先」ということは、これらの例を考えれば、おのずとわかることである。なぜわからないのか、不思議でならないのである。

無駄な努力 

貯金箱を買うための貯金をするために、貯金箱を買っていないか。

少しでも目的地に早く着こうと、電車の中で前の車両に向かって走っていないか。

警察官への登竜門だと思って、警備員になっていないか。

栄養ドリンクをがぼがぼ飲んで、お腹をくだしていないか。

忘れ物をしないようにと思ったことを忘れて、けっきょく忘れ物をしていないか。

テレビのバラエティ番組について話すとき、正しい発音を心がけて、わざわざ下くちびるを噛んで「ヴァラエティ番組」と言っていないか。

膨大な時間をかけて株で儲けて、同じだけ時間をかけて株で損をしていないか。

シャツのボタンが取れてなくなってしまったとき、予備のボタンがシャツの裏側に縫いつけられているのに、似たようなボタンを探していないか。

尋常でない努力で大臣になったのに、すぐに罷免されていないか。

メガネが見あたらないときに、そのメガネを探す用のメガネを購入したのはいいが、そのメガネを探す用のメガネが見あたらないときに探す用のメガネを購入しなければならなくなり、さらにそのメガネを探す用のメガネが見あたらないときに探す用のメガネが見あたらないときに探す用のメガネを購入……と、メガネの数がどんどん増えていないか。

省エネ活動に膨大なエネルギーを使っていないか。

世界の車窓から 

1987年から続く長寿番組『世界の車窓から』。
そろそろ後継番組の企画も考えておかなければいけないだろう。

「世界の社長から」
各社の社長が垂れる訓辞を集めて放送。

「世界の写経から」
この乱れた世の中、心の安定が求められる。それには写経がいいだろう。さあ、書き写せ。

「世界のシャドーから」
誰もが一度はあこがれる世の中のアンダーグラウンドな影の世界を紹介。

「世界の遮断機から」
いままでは電車の中からであったが、今度は踏切から通り過ぎる電車の外側を観察という画期的な企画。ただ、画期的なだけで、けっしておもしろくはない。

「世界のシャンプーから」
目にしみないシャンプーを求めて東奔西走する様を描く。

「世界のシャバダバダから」
内容不明。放送時に明らかになる予定。

親知らず 

先日、残っていた最後の親知らずを抜いた。
その激烈な痛みによる七転八倒の記録は他稿に譲るが、これまでに苦労したのはその隠匿であった。
親知らずが生えていることは、とにかく親に知られてはいけないのである。もし知られた場合は、くわしくは調べてほしいが、少なくとも懲役刑は免れないだろう。場合によっては極刑もあり得るかもしれない。
とにかく、自分に親知らずが生えていることを知った日から、先日の抜いた日まで、「親にバレていないだろうか」とひやひやしながら過ごしたものであった。
口の奥のほうに生えているから見えないだろうとは思うのだが、もしものため、親の前ではなるべく口を開かないようにしてしゃべったりした。そのため、「もっとはっきりとしゃべれ」と怒られたりもした。しかし、親知らずの存在が知られることを恐れ、もごもごとしゃべることはやめられなかったし、大口を開けて笑うことも避けた。また、できるだけリスクを避けるために顔を見られないように親に背中を向けつづけた。それが世間では「反抗期」の名称で語られているということを知ったのは、後のことである。
その親知らずをやっと抜き、腫れも痛みもおさまった。これからは親に対して正面を向いてはっきりとしゃべることができるし、笑いかけることもできるようになるだろう。そしてそれが「自立」というものらしい。

親知らずを抜くのは痛いので勇気がいるが、できるだけ早く抜くことをお勧めする。

さまざまなクララたち 

『クララ・バレリーナ編』
クララが舞った、クララが舞った。

『クララ千羽鶴編』
クララが折った、クララが折った。

『クララ床屋編』
クララが刈った、クララが刈った。

『クララいじめっ子編』
クララがぶった、クララがぶった。

『クララ・ペンキ職人編』
クララが塗った、クララが塗った。

『クララ棋士編』
クララが待った、クララが待った。

『クララ親の敵編』
クララが討った、クララが討った。

『クララ話の腰編』
クララが折った、クララが折った。

『クララ・スナイパー編』
クララが撃った、クララが撃った。

『クララ殺し屋薬殺編』
クララが盛った、クララが盛った。

『クララ闇討ち編』
クララが斬った、クララが斬った。

『クララ、ギャル曽根と対決編』
クララが食った、クララが食った。

『クララ男の子に告白される編』
クララが振った、クララが振った。

『クララ・マグロの一本釣り編』
クララが釣った、クララが釣った。

『クララ関取大銀杏編』
クララが結った、クララが結った。

『クララ趣味に熱中編』
クララが凝った、クララが凝った。

『クララ宴会で前後不覚編』
クララが酔った、クララが酔った。

『クララ博打編』
クララが張った、クララが張った。

『クララくりからもんもん編』
クララが彫った、クララが彫った。

『クララ薬中編』
クララが吸った、クララが吸った。

『クララ出家編』
クララが剃った、クララが剃った。

『クララ飲み屋の支払いで割り勘にしようとしているとき編』
クララが割った、クララが割った。

『クララ墓穴編』
クララが掘った、クララが掘った。

『クララ・バイク編』
クララがクララッタッタ、クララがクララッタッタ。